2017年05月29日

日付が確定しているのなら、海外の航空券はすぐ買うべし

元・旅行業の人間で、主に海外航空券を扱っていた。
その時によく受けた質問が…

「海外の航空券はいつが一番安いの?」というもの。

日程が決まっている場合は、基本は「決めたらスグ」というのが答え。


というのが、
海外航空券は「オークション形式」で決まっていると思ったらイメージしやすいと思う。

例えば、同じエコノミーでも、実は10くらい予約の「クラス」があったりする。

その「クラス」にそれぞれに値段と条件が付けられている

例えば、値段を安いクラスから

3.5万、4.0万、4.5万、6.0万円…と航空会社が決めているのだ。

そして、高ければ高いほど、変更や払戻が可能になったり、発券期限が緩やかになったり、復路の日数が伸びたり、マイルが溜まりやすかったりはする。

が、それぞれのクラスが席数限定になっているのである。

となると、通常は安い方からどんどん予約されていく。
そして、3.5万円の席がなくなったら、次は4.0万円で…となっていくのだ。

それを往路と復路の合計で見ていくことになる。

裏では、細かい話は色々あるが、概ねこんな感じである。


だから、同じエコノミーの席に座っている人でも、隣同士で値段が違うのが普通だ。

そして、最近だと、予約の保持がかなり制限されてきた。
予約してから3日〜1週間以内には、予約の確定(=支払・発券)をしないと、予約が容赦なく無効にされる航空券が主流になっている。


だから、日程が決まっていて、変更の可能性がほぼないのであれば、さっさと予約を取ってしまった方がいいのは、それが理由なのだ。

運よく、下のクラスの予約が開いて安くなることは確かにある。
そしたら、ありがたくさっさと予約した方がいい。

プロモーションの関係で、航空会社が安値を打ち出すこともあるが、
それはよっぽど予約が集まらない状態だから、起こることなのだ。
だから、わざわざ、そんなプロモーションを狙って行こうというのは、よほど運がいいか、暇があるかでないとできないと思った方がいい。


そして、航空券の値段の比較にしても、航空会社間の比較以外、ほとんど意味がない。
航空券の本体価格については、ほとんどの航空券については、旅行会社が色を付けることは難しく、せいぜいあっても手数料の差だけだ。

だったら、激安マニアの物好きでもない限り、日程が決まったら、気に入った所でさっさと予約してしまった方がいい。
早く動いた、素直な人が、安い航空券を取っていくことになるだけの話だ。
posted by KAZU at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

自然に入っていく意味 @京都・和束町

#お茶 の町 #和束町 より

#茶畑 #お茶の京都



今回は、縁あって、京都府南部の「和束町(わづかちょう)」に行って参りました。

京都・奈良・滋賀の境目にある、山間のお茶の産地です。
道中の車窓から、山の斜面を見ると、深緑の茶葉に、「かぶせ茶」の黒いシートのお茶畑が広がっています。


お招きいただいて、人の手を入れていない、無農薬のお茶畑に行ってみたのですが…

自然の中にいて解放感がそれまででもあったのですが、
縮こまっていたワタシの芯の部分まで、ゆるくなっていく感じがしていました。


神社も巡っていたので、自然の中に入っていく機会は多かったのですが、
それと比べると、やさしいゆるみ方でした。


ヒトも「生物」だということを忘れてしまいがち。
その自然の中に戻っていくことで、ワタシを調整し直すことができるのだと、改めて感じる。

神社にあるような神々しさもいいのだけれども、
このやさしさも、良い体験でした。

都会に住んでいると、忘れがちですが、定期的に自然に触れ合うこと、本当に大事です。

2017年05月19日

嫌な記憶があって地元を離れた人ほど、「産土神社」に戻ると良いと思った話

弾丸で「産土神社」に行ってきた。
「産土神社」とは、自分の生まれた土地を見守ってきた「神社」のこと。

「産土神社」に行くと良いと促された話の中で「ピン」と来るものがあった。
だから、その日は、新大阪にいたにもかかわらず、夕方から新幹線を使ってさっさと行ってきた。


地元には、あまり良い記憶がないだけに、戻りたくなかった。
それでも自分のルーツを確認するつもりで行ってきた。


神社は整備されているとは言い難い状態だった。
でも、過去の記憶に触れるには十分だった。


すると、徐々にだが、自分の過去の感情が整理されていった。

特に、今感じているのは…

・ 「この世界にいてもいい」という安心感が戻ってきたこと
・ あれほど強烈だった、自己否定感がだいぶ薄らいだこと
・ 自分の才能とモノサシを信じても大丈夫だと思ったこと

おかげで非常に落ち着いた感じがしている。



何故ならば、記憶と場所は、深くつながっている。

それは色々な土地を巡ってきただけに、実感してきたことだ。
行った瞬間に「空気」の感じが変わることを多々体験してきたからだ。

だから、地元の「記憶」と中立に繋がり直すことで、自分の感情が整理がされるだろうと、
「産土神社」の話を聞いた瞬間に予感できていた。


実際に、その読みは当たっていて、「安心感」と「過去の感情の手放し」に繋がったのだった。


もちろん、現在進行形で地元でトラブルがあって、戻ると具合が悪い人に、「産土神社に行って来い」と言う氣はさらさらない。
ワタシも地元に戻りたくない氣持ちが強かっただけに、行きたくない氣持ちは分かるし、強制する氣は全くない。


あくまで、過去に地元で何かあった人は、あくまで自分の氣持ちの整理がある程度ついた時点でいいと思う。

自分の感情を整理すると思って、一度でいいから独りで「産土神社」の記憶に触れてみるのは、オススメだと思った。

今回のワタシみたいに、誰にも何も言わず、こっそり行くことだってできるのだから。
その後、ワタシみたいにネット上にそのことを書きさえしなければ、良いだけなのだから。