2017年01月06日

松山で出会った琴線に触れる言葉

松山で。


元日に訪れた松山

品が良くて、ワタシ好みの街。

夏目漱石、正岡子規、高浜虚子…といった文人たちと縁の深い街だということもあって、
「言葉」を大切にする雰囲氣が街から漂っている。

思わず撮った この写真

言葉を発すれば 彩りを与えることができる
そんなことは ずっと思っていた。

「文章」でアラワしても 声にアラワしても 

別に堅苦しく作法を氣にする必要なんてない。

心に浮かんでは消えていく様をアラワすのもいい…
目の前に映るモノをアラワすのもいい
やりたいことを伝えるのもいい…

小さい子が夢中になって、色鉛筆を握りしめて絵を描いていたように、
好きに言の葉をつづればいい。

「言葉をデザインする」
ワタシがこれからもしたいことだし、伝えていきたいことの1つ。

年初めに松山に来て良かった。
この垂れ幕を見て 言葉の原点に再び出会えたから。


今年の初旅の大まかな話は…
http://kazu-wiz.seesaa.net/article/445550531.html
posted by KAZU at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月11日

表現するということは…

今日は、言葉遊びみたいな話だけれども…

「表現する=アラワス(表す・現す)」ということは、「アラワ(露わ)にする」こと。

昨日で、吹っ切れたからなのか、文章が淀みなく流れ出てくるように書ける。

それは何かと言うと、
自分の感じていることを、どれだけ露わにできるのか、それだけの単純なことだった。

でも、それが難しいことだと思っていた。

紛いなりにも、2年半近く、ドイツ語をネタにブログを書いてきた。
一般的な人たちよりは、文章を書けるという自負がある。

それでも、「書けない」という感じがあった。

こんなことを書いたらどう思われるだろう…
こんなことを書いたらダメだろう…
これ、流石に炎上するんじゃない?

そんなことが絶えず自分の中に渦巻いていた。

でも、私が意図することを露わにできれば、それで十分かな…と思えるようになって、
また、自在に書けるようになってきた。

そう、「相手がどう受け取るか」まではコントロールできない以上、気に病む必要なんて、1つもない。
そもそも、言うほど、他人は私のことを意識していない。

そういう、「ブロック」を外すことができたのが、一番大きいかな、と思う。

それに、今ならば、付き合いたくない相手に合わせる必要も少なくなってきている。

それ以上に、私が面白いと感じていることをしゃべることで、
楽しいと思ってくれる人に出会える可能性が広がるのであれば、
自分を露わにしてしゃべらないのは、本当にもったいないことだと思った。

ワタシを露わにした方が、絶対に面白い。
posted by KAZU at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする