2016年12月05日

「やりたいこと」って何ですか?

ワタシも長い間、「やりたいこと」を忘れてしまっていたので、
「やりたいことが分からない」という感覚になる人がいるのはよく分かる。


むしろ、「やりたくないこと」「やるべきこと」で埋め尽くされてしまった人が、
今までの社会では大多数だったから仕方がないのかも知れない。


「やりたいこと」って…

寝食忘れて夢中になれること


だから「やりたいこと」ができるというのは、「夢の中」にいるような心地良いこと…
ということすら、感じていない。
そのやっていることに没入している。

だから、
「昔、時間を忘れて夢中になったことって何なのだろうか?」
それを思い出してみるのが鍵
かと。

少なくとも、過去に夢中になれたことがあるのであれば、心の中でくすぶっている可能性もある。
だったら、それをキッチリ燃やしてあげればいい。


中には、その描いていたことが壮大過ぎて、すぐにはできないかも知れない。
だとしたら、それに関わるちょっとしたことをしてみるといいかと思う。



ワタシの例であれば…

「列車」の旅を思い切りしたいとは思っていたが、そう思い立った当初は、お金もなかった。
だから、
例えば、初乗りのきっぷで琵琶湖を一周する「大回り乗車」をしたり、18きっぷで旅をしたり…
とにかく、低予算で出来そうなことから始めた


絵を描きたかったら、ペンだけで描いてみてもいいだろうし
作家になりたかったと思っていたら、日記をつけてみるのもいいだろうし


とにかく、すぐにできそうな興味あることをやってみる…それがいいのだと思う。

少なくとも元気になっていくし、そうすると「好きなこと」がだんだんとはっきりしてくるから。
posted by KAZU at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

やりたいことをやる効能

最近では、やりたいことを好き勝手やるようになってきました。
そして、今後もそのつもりでいます。

すると、特に最近明らかに周りの反応が変わったんですね。

そもそも付き合う人自体も入れ替わっているのですが…

2年くらい前を思い返しても、

パッと見では分からないものの、メタボ判定される体重でしたし…
見た目も決して冴えなくて、「オタ」そのもでしたし…
着る服もダークカラーばかり…
自信なんて、はっきり言ってなかったですよ。


まあ、お世辞にも、「オシャレ」なんて言われることなんてなかったです。


最近、色々な方に言われるのが、「オシャレ」だとか、「痩せた?」とか。
旅行のことやら、ワタシの楽しんでやっていることに興味を持って話を聞いてくれるようになった感じがしています。


ワタシは万人が認めるようなイケメンではないです。

でも、2年前と明らかに周りの反応が違うんですね。

確かにオシャレになりましたし、体重も最大時から10キロ以上落ちました。
相手の反応も良くなったものだから、自ずと自信もついてきました。



何でかな…と思い返してみると、
ここ2年は特に、「なりたい」と思うモノを持っている人の様子を徹底的に観察して、
徹底的にそのエネルギーを感じ取っていました。


他にも、自分の中で、「(やりたかったけれども)できない」と思っていたことをどんどん実行していったのです。

そして、ワタシの感じていることを素直に表現してきました。


好きなことをできていると、鬱々とため込むことがなくなるんですね。
そのエネルギーって純粋ですから、惹かれるものを感じやすいのだと思います。


副作用も全くない訳ではないです。

それは、「好きなことをやりたいと思っていても自分で禁止している人」に嫉妬されるくらいです。
でも、「嫉妬」に狂う人なんて、相手にする必要もありません。

「嫉妬」するくらいだったら、素直に「欲しい」と思って、それを受け入れればいいだけなんです。
なのに、自分で勝手に禁止して、相手に勝手に怒りをぶつけているわけですから、相手するの面倒ですよね。

そもそも、好きなことをやっていたら、だんだん相手の「嫉妬」は感じなくなってきます。


それなら、一緒に喜んでくれる人と時間を過ごした方が絶対に楽しいです。

一緒に喜んでくれる人たちと、エネルギーを回しあうことで、
もっと喜びが回ってくる…
そんな循環の中に、ワタシがちゃんと入ったんだな、と改めて実感した次第です。


ワタシと過ごしてくれる皆様に感謝です。
posted by KAZU at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

何で「毎回完封」しないと氣が済まないの?

何ごとでも完璧にこなさないと氣が済まない人って、おそらく少なくないかと思います。

家庭が厳しくて、徹底的に完璧にするように叩き込まれた人もいるかも知れません。

「学校教育」でも、「完璧主義」を徹底的に叩き込まれます。
マークシートの試験なんて、その最たるものです。
間違っていたら、思考の過程がいくらあっていても、0点。

だから、完璧にこなそう…なんて思ってしまう人もそれなりに出てきます。

お仕事によっては、「失敗が許されない」ような所もあるかとは思います。
特に、命のかかるようなお仕事とかされている方の緊張感は、並大抵ではないと思うのです。


しかし、その「失敗が許されない」というのは、多くの人にとって、本当にそうなのですかね?

おそらく、一般的な生活をしている人にとって、
1つのミスで、即死…なんてことは、そうそうないのではないのでしょうか?

この「失敗が許されない」という感じは、やっぱり一昔前の価値観で、ほとんどの人は捨ててしまってもいいモノのように思うのです。


そもそも、しんどくないですか?

「野球のピッチャーで、登板する度に毎度9回完封しないと氣が済まないレベルの完璧主義」
なんか、響きが重くないですか?

ワタシは絶対にイヤですよ。

だいたい、人間なんだから失敗して当たり前、ミスして当たり前なんです。
「失敗=存在してはいけないもの」という設定、そもそも無理があります。

だから、「失敗が許されない現場」では、万一ミスが起こってもいいように、何重にも安全装置が働くようにしています。
個人が注意を払う必要があっても、「失敗してはいけない」訳ではないのです。



以前にドイツ語のブログもしていましたし…

以前は、荒らしにあったことも


こうして新たなブログで、日々考えていることを文字にしていますが、
失敗なんて山ほどありますよ。

でも、毎回完璧になんて思っていたら、とてもじゃないけれども文章書けなくなります。


それこそ考えているのは、「7回3失点で、でもコンスタントに」くらいの気持ちです。

だいたいの感じで、多少ミスしてもいいから、続ける!

これくらいの気持ちだったら、結構続けられます。

たまに大チョンボやって凹むこともありますし、逆に調子が良くて気が付いたら会心のものができることだってあるでしょう。

それに…多少ミスをしてしまって、それに気付いたのであれば、
そこから修正していけばいいのですから。
posted by KAZU at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする