2016年12月26日

「リトリート」のススメ

「リトリート」って、何ぞ?と言われると思うので…

元々は、英語で「retreat」 原語は、「後ろ(re-)へ引っ張ること(-treat)」
日本語だと「退却・撤退(する)」といった意味合いになります。

表から引っ込むので、「隠れ家」とか、「休養」といった意味も出てきます。


退却・撤退というと、ともすると否定的にとる人がいますが、
引くこと自体、良いも悪いもないです。


必要だから、「引く」必要があるのです。

何が言いたいのかと言うと、
今までの世の中で良しとされてきたことが、「前のめり」過ぎだったと思うんです。

みんな揃って、仮面舞踏会か、ベルばらかよ、と突っ込みたくなるくらい、「装い」まくるんです。

同時に、氣が付いたら、他の誰かが、ワタシにお構いなく、ワタシの氣に入らない衣装を「装わせよう」としてくるんです。
そして、多くの人は嫌々ながらその衣装を「装ってしまう」んですね。

例えば、どんな「衣装」を着せられるのか?

・常識
・べき論
・世間体


でも、「それだけ」ならば、しんどくないですか?


だから、会社・学校・家庭以外の場所で、「楽に過ごせる場所」というのが重要だと思うのです。
要は「リトリート=逃げ場所」を創ることです。

特に、対人関係のトラブルがあるときは、本当に大事です。

ここ1年、ワタシがやり続けてきたことというのが、
「ワタシのリトリート=逃げ場所」を創ることだったんです。

「逃げ場所」と言うと消極的に聞こえるかも知れませんが、
「素のワタシ」に還れる場所を創っておくことが、大事だと思って色々な所に行きました。

その基準は、「楽しそう『かも』」と感じる所なのです。


『かも』というだけあって、何となく「いい」と感じたことをやってみるだけでいいのです。

別にいきなりどっぷりとはまる必要もないですし、
違うと思ったら、別のことに向かえばいいだけです。

氣が付いたら、いくつか「逃げ場所」って見つかっていくものです。


列車の旅やボードゲームもそうなのですが…

寺社仏閣を回っているうちに、
ハイキングで森に入っていくことが好きになりました。

素で付き合える友人たちに出会えていることが、何よりうれしいのです。

「好きなことを好き」と言える…そんな場所を創りたい、とやっぱり思うんです。
だから、ワタシは「好き」なことをどんどんしゃべっていきたいです。


それでも、「前のめり」で生き続けたい人はどうぞ。
しんどい時も出てきますから、「引く」ことも大事です。


ワタシ自身はこうして「逃げて」良かったと思いますよ。
素に戻っていくうちに、「逃げた」ことを「恥」だとも思わなくなりますよ。

だって、「好き」なモノは「好き」なんだから。

「好き」なことをやっていたら、
そんな嫌な「衣装」の着せあいなんかに、関わっている暇なんてありませんから。

逃げるは「恥」でないし 役に立つ

お後がよろしいようで…
posted by KAZU at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

「夢中になったことがない」と思っている方へ

世の中には、「夢中になったことがない」と言う人もいるかも知れない。

そう思って、前に書いた記事に書き足したいと思った。

「やりたいこと」って何ですか?
http://kazu-wiz.seesaa.net/article/444628854.html?1481029019



そういう人って、可能性が2つあると思っていて…

1:他人の顔色を気にしまくっていた。 (敢えて「氣」と書かない。)
2:まだ「やりたいこと」に出会っていない。


1は、ワタシも人のこと言えた義理ではなかったので、よく分かりますよ。

「こんなことして大丈夫なんだろうか」
「変に思われたらどうしよう」
…とか。

他人の目が氣になって仕方がない、というもの。

でも、安心してください。
言うほど他人は、あなたのこと氣にしていないですよ。


それに、「やりたいこと」やっているうちに、
間違いなく周りの反応が変わっていきます。

変化については、こちらを参考にしてもらうと分かり易いです。

やりたいことをやる効能
http://kazu-wiz.seesaa.net/article/444334933.html?1481030062




2:まだ「やりたいこと」に出会っていない

これは…もう話は単純です。

「ちょっとでも心地よいと思うモノを選んでいく」

それだけです。

すぐには、大きい喜びはないかも知れません。
でも、日々やっていくうちに、「楽しい」ことへの感度は上がっていきます。

そして、ある時、ふと思い返してみた時に、「ああ、これか!」となるときが出てきますから。


だから、他人の目が気になる人だってそう。

どうしても気になるのであれば、「心地よい」程度の感じでいいので、
自分のできる範囲でやってみればいいんです。

それこそ、誰かに見られないように好きなことしたって、誰も咎めはしませんから。

でも、氣が付いたら、「他人の目」なんて消えていきますから。
posted by KAZU at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

「やりたいこと」って何ですか?

ワタシも長い間、「やりたいこと」を忘れてしまっていたので、
「やりたいことが分からない」という感覚になる人がいるのはよく分かる。


むしろ、「やりたくないこと」「やるべきこと」で埋め尽くされてしまった人が、
今までの社会では大多数だったから仕方がないのかも知れない。


「やりたいこと」って…

寝食忘れて夢中になれること


だから「やりたいこと」ができるというのは、「夢の中」にいるような心地良いこと…
ということすら、感じていない。
そのやっていることに没入している。

だから、
「昔、時間を忘れて夢中になったことって何なのだろうか?」
それを思い出してみるのが鍵
かと。

少なくとも、過去に夢中になれたことがあるのであれば、心の中でくすぶっている可能性もある。
だったら、それをキッチリ燃やしてあげればいい。


中には、その描いていたことが壮大過ぎて、すぐにはできないかも知れない。
だとしたら、それに関わるちょっとしたことをしてみるといいかと思う。



ワタシの例であれば…

「列車」の旅を思い切りしたいとは思っていたが、そう思い立った当初は、お金もなかった。
だから、
例えば、初乗りのきっぷで琵琶湖を一周する「大回り乗車」をしたり、18きっぷで旅をしたり…
とにかく、低予算で出来そうなことから始めた


絵を描きたかったら、ペンだけで描いてみてもいいだろうし
作家になりたかったと思っていたら、日記をつけてみるのもいいだろうし


とにかく、すぐにできそうな興味あることをやってみる…それがいいのだと思う。

少なくとも元気になっていくし、そうすると「好きなこと」がだんだんとはっきりしてくるから。
posted by KAZU at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする