2016年12月15日

感じたことを溜めこむと 心身ともに病んでしまう

先日の記事で、感情がどうしても抑え切れずに、ブログでそのまま書いてしまった。
不愉快に思った人もいたかもしれないが、それは仕方がないと思っている。

と言うよりも、
世の中全体が今まで「理性的」であろうとし過ぎていた。

「感情的になるな」
「(怒りや悲しみを感じても)我慢しろ」
こんなことを言う連中って、本当に多い。


特にこの国はそう。

「争う」ことが、いけないことだと思っていない?
それに、みんな仲良くなんて、本当にできると思っている?

だから、表面上は取り繕って、みんなして、臭いものに蓋と言わんばかりに、
感情に重い「マンホール」をして表に出てこないようにしている。


その結果がどうだろうか?

列車の中にいる人の顔…明るいだろうか?


世界の色々な所を、ワタシは旅してきたけれども、
ここまで表情が一様に「重い」国を見たことがない。

それはそうだ。
「マンホール」で蓋した感情って、どんどん腐敗して、心身を蝕んでいくから。
「ヤム(病む・止む)」というのは、自分のエネルギーを押しとどめること。
行き場のないエネルギーは、確実に自分を攻撃する。


表向きはにこやかにしているフリしていても…奥底に押し込んでいる「重さ」は表に出てくる。

そして、何かのきっかけで、押し込んでいた過去の感情が、前よりも激しい形で出てきてしまう。


その場が荒れるのを防ぎたい氣持ちは、一万歩譲って理解できなくはない。
まあ、他人に八つ当たりするのは、よろしくないとは思う。

が、もっと正直に色々言っていいんじゃないの?

後腐れなく、多少怒ったりしたっていいじゃない。


感情を出さないと伝わらないことだってある。
「嫌」だったら、「嫌」と言えばいい。


それに、別に溜まった感情を、その場で出す必要性も全くない。

先日のワタシみたいに、どす黒い感情をWebに上げてしまう必要は1ミリもない。
自分と向き合って、心に残っている感情をノートに書けばいいだけ。

さっさと感情を蓋している重い「マンホール」を開けてしまった方が楽になると、私は思う。


これをやると、しばらくは、のた打ち回るかも知れないけどね。
のた打ち回った後は、本当にスッキリするから。

2016年11月29日

今晩は新月。 お願いごとをするのがオススメ

今晩9時過ぎに新月🌑になります。
お願いごとは今晩に。


今晩の21:18に新月になります。

新月になってから、そして満月になってからお願いすると、現実化しやすいです。

「新月になってから」という表現ですが、今日の場合だと、21:20過ぎ頃から夜の間にお願いごとを紙に書くといいですよ…と思っていて下さい。

お願いごとについては…3つ提案をしておきます。


1:ワタシの気分が楽しくなることを書く。

これは大前提。
あくまでワタシのお願いごとです。

ワタシが幸せになりたかったら、ワタシが幸せになるお願いごとをしてください。
そこに何を意図しているのか…そこまであれば完璧です。

他人を含むにしても
「ワタシが家族と一緒に穏やかに過ごしています」
といった具合に、感じる主体は「ワタシ」です。

「○○さんと結ばれますように」なんてのは、他人を変えようとしています。
他人は変わらないと思っていた方がいいかと思います。

あくまで変えられるのは自分ですから。


2:「叶った」かのように書く

お願いごとって、「未来」の話ではなく、「イマ・ココ」の話なんです。

だから、「イマ・ココ」でちゃんと変われば、現実化します。
だから、「イマ・ココ」で「願い事が叶ったかのように」書いてください。

これでは何を言っているのか分かりませんね。

具体的には…
「ワタシは家族と穏やかに生活できますように」だと、
裏には「今グチャグチャしているからなぁ…」という感情が残ってしまっているのです。

だから、「ワタシは家族ともっと穏やかな生活を築いています」
と、今ココで、すでに穏やかに生活があると感じてみてください。


3:否定文は避けて、肯定文で言い換える。

上の文にしても、
「否定文は書かない」とも書けるのですが、それを避けています。

何故ならば、潜在意識は、「否定文」を認識できないからです。

もし仮に「否定文を書きません」と書いた所で、
「否定文を書く」ということに潜在意識が残ったままになるからです。

だから、「心に溜まった怒りの感情をなくし」ではく、
「心にあった怒りの感情を素直に手放します」の方がいいかと思います。

この話は、本当に面白い話なので、別の機会に話すこともあると思います。


他にも「細かい作法」をWeb上で他にも書いている人たちもいます。
が、あくまで参考程度に。
合うと思ったことを採用してください。

やり方にこだわるよりも、「こうなる!」と思うことの方が大切ですから。

2016年11月15日

胸や頭の奥が重い…のを軽くするには?

11月11日頃から、スピリチュアルの世界に関わっている人が、
「ゲートが開いた」なんて表現の仕方で、色々言っているけれども、そこで起こっていることには、私はあんまり興味はない。

でも、明らかに様相が変わったことは分かる。


今年になってからは特に、かつては「良い」とされていたものが、どんどんボロを出していく様を色々見てきた。
というよりも、「ゴマカシ」で何とか「良く見せる」ことも可能だったし、都合の悪いことはもみ消すことも可能だった。

でも、ここ最近は「ゴマカシ」というのが、一切きかなくなってきている。

だって、情報がどこからでも出てくるのだから、隠しておくことなんて、ムリな話。

感情の面でもそう。
心の奥底に感情をしまっておくことはできなくなってきていて、
過去に押し込んだ感情がどんどん浮き上がってきている。

地球のシューマン波の周波数が上がってきていることと関係しているらしい。
その結果、どうやら怒り・苦しみ・嫉妬…といった、「重い感情」を抱えたままだと、地球の周波数に合わなくなってきて、しんどくなってくる…という現象が起こっているようだ。

敢えて「ネガティブな感情」とは言わない。
だって、「感情」というのは、必要だから沸きあがってくるのだから、それに良いも悪いもない。

敏感な人、素直な人は、胸や頭の奥が重い感じを覚えているかと思う。
何せ、私自身もここ数日眠くて仕方がないのだ。


ここ数日やっているのは、過去の「感情」を手放すことをやっていた。
…と言うと、非常に抽象的に聞こえるが、
過去に抱えていた「感情」でしんどいものを、感じ取っていたのだ。
それを「感じ切る」と自ずと消えていくのである。

「感じ切る」のがしんどいのであれば、その今感じているものを紙か何かに書きだしていくといい。

あるいは、どこか人のいない場所に行ったり、密室に行ったりして、その奥底にある感情を叫ぶのもアリだ。

とにかく、「持ちこしてきた感情をアラワス」=「アラワにする」
そうすれば、心や頭の「重さ」というか、「圧力」が自ずと消えていくことになるのだ。

だから、「アラワス」ということが大切なのだと思う。

勘違いしないで欲しいのは…、「アラワス」=芸術的なモノでなければならない、という訳ではない。
ただ、「表に出す」だけで十分。
そして、自分がスッキリできれば十分なのだ。