2017年05月19日

嫌な記憶があって地元を離れた人ほど、「産土神社」に戻ると良いと思った話

弾丸で「産土神社」に行ってきた。
「産土神社」とは、自分の生まれた土地を見守ってきた「神社」のこと。

「産土神社」に行くと良いと促された話の中で「ピン」と来るものがあった。
だから、その日は、新大阪にいたにもかかわらず、夕方から新幹線を使ってさっさと行ってきた。


地元には、あまり良い記憶がないだけに、戻りたくなかった。
それでも自分のルーツを確認するつもりで行ってきた。


神社は整備されているとは言い難い状態だった。
でも、過去の記憶に触れるには十分だった。


すると、徐々にだが、自分の過去の感情が整理されていった。

特に、今感じているのは…

・ 「この世界にいてもいい」という安心感が戻ってきたこと
・ あれほど強烈だった、自己否定感がだいぶ薄らいだこと
・ 自分の才能とモノサシを信じても大丈夫だと思ったこと

おかげで非常に落ち着いた感じがしている。



何故ならば、記憶と場所は、深くつながっている。

それは色々な土地を巡ってきただけに、実感してきたことだ。
行った瞬間に「空気」の感じが変わることを多々体験してきたからだ。

だから、地元の「記憶」と中立に繋がり直すことで、自分の感情が整理がされるだろうと、
「産土神社」の話を聞いた瞬間に予感できていた。


実際に、その読みは当たっていて、「安心感」と「過去の感情の手放し」に繋がったのだった。


もちろん、現在進行形で地元でトラブルがあって、戻ると具合が悪い人に、「産土神社に行って来い」と言う氣はさらさらない。
ワタシも地元に戻りたくない氣持ちが強かっただけに、行きたくない氣持ちは分かるし、強制する氣は全くない。


あくまで、過去に地元で何かあった人は、あくまで自分の氣持ちの整理がある程度ついた時点でいいと思う。

自分の感情を整理すると思って、一度でいいから独りで「産土神社」の記憶に触れてみるのは、オススメだと思った。

今回のワタシみたいに、誰にも何も言わず、こっそり行くことだってできるのだから。
その後、ワタシみたいにネット上にそのことを書きさえしなければ、良いだけなのだから。