2017年05月04日

「出羽三山」で何を感じるのか? 勝手な事前の期待

山形の酒田に行った理由というのが、もう1つあって…

「出羽三山」に行くこと。

出羽三山
http://www.dewasanzan.jp/


#羽黒山 二千段以上の石段を登って参拝。

#出羽三山 #山形 #パワースポット #旅に出る日本史#湯殿山 は #雪 の世界
でも、生き返る場所なんです。

自分の目と身体で体験するのが、オススメです。

#出羽三山 #パワースポット巡り #旅に出る日本史










左:羽黒山 右:湯殿山
*月山は雪のため登れず

東北の修験道で有名な「聖域」。
拠点となるのは、最上川を挟んで向かいの鶴岡になるのですが…

興味を持っていた所、
友人のつてで、出羽三山を案内いただけることになりました。

本当にありがとうございます!

「聖域」に行くということなので、ワタシを整えに行くのは、もちろんなのですが。



「出羽三山」の由来が、氣になっているんです。
特に、開山したと言われている「蜂子皇子(はちこおうじ)」についての来歴が氣になるんです。

1400年ほど前、聖徳太子が生きていたと言われている頃の話なのですが…

「蜂子皇子」の父・崇峻天皇が、蘇我馬子によって、殺されます。

その戦乱の難を逃れるために、京都府の北部・丹後の「由良」(ゆら)から、
この鶴岡の「由良」(ゆら)まで航行してきたとのことです。

そして、開山と共に、出羽の土地に文物を伝えた…と言われているんですね。


日本海を経由して、古代に文物が広がっていったことを感じさせる由来のある神社は、
色々あるんです。

例えば、
・丹後(現京都府)・宮津の「籠神社」
・能登(現石川県)・羽咋の「氣多大社」
・越後(現新潟県)・弥彦の「彌彦神社」

…といった具合に。

その由来が本当かどうかは知りませんが、由緒書を見る限りでは、
日本海のつながりを感じるのです。


しかも、仏教が完全に広がってしまう前に、渡ってきたという話だとすれば、
日本古来の「何か」が、そこにあるのかも知れないなぁ…というのが、事前の期待だったりします。


未来投稿記事なので、どんな所で、今の時点で何が起こるのかは分かりません。
何か面白いことになるでしょう。

写真は、インスタグラム、フェイスブックにUPする予定です。

詳細は、伏見に戻ってから、シェアできればと思っています。
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2017年05月03日

北前船の寄港地だった、山形の酒田に行きます

#北前船 でかつて賑わった、#酒田 市内を散策。
かつての街区の大きさも、邸宅の大きさも、他の寄港地と桁違いで驚く❗

#山居倉庫 #本間家旧本邸 #旧鐙屋 #旅に出る日本史


この記事がアップされる頃には、まだ山形県の「酒田」に向かう道中かと。
(写真:山居倉庫 後で追加したもの)

夜行バスで新潟に向かい、
新潟から列車2時間余り日本海側を北上した所にある。

ワタシの直接の知り合いは、
東北にあまりなじみのない方が多いので、ちょっと説明をしておくと…

この街は、北前船の寄港地だった所。

江戸〜明治にかけて、日本海側の物流を支えていた街。
かつて航路を通して、ワタシの今住んでいる、京都の伏見まで繋がっていた。


年明けぐらいから、北前船の寄港地を中心に回ってきたので、
感慨深いものがある。

写真は、インスタを通して、FBにアップしていきます。
お楽しみに。
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2017年05月02日

どうしても書けない時の、ワタシの処方箋

ブログを週6回のペースで更新するようになって、3週間目。
ブログを書く感覚がようやく戻ってきた。


ドイツ語のブログをコンスタントに書いていた当時は、書く内容がある程度決まっていたから、
どう分かり易く書くのか?というのが重要だった。

今はどうやってネタを見つけるのか、それが結構大事。

でも、「質」にこだわらなければ、書くこと自体は簡単。

極端な話、上手く写真を撮って、そこにちょっと場面の説明を書けば、それだって十分OKだったりする。
(その方が反応が良かったりするのも、よくある話。)


でも、「書く」ことにこだわるのであれば、「観察」が全て。
「観察」することで、文章の材料が出てくる。


例えば…

・あ、これ面白そう…
・いいね、これ…
・ウソやろ
・え…これは…
・おぉ、すげぇ!!

と、心が動いたことを、書くことが一番簡単だったりする。

その時に感じたエネルギーをそのまま書けばいいのだから。
この場合は、極端な話、別に文章の齟齬が多少あろうが、全然かまわない。
何せ、書き手が感じたことを出しているだけだから。

その方が、ストレートに文章が出てくるはず。


一通り、出し切った後に、好きなように料理をしてやればいい。

素材を生かしてそのまま出しても良し、その感じたことを分析するもよし、ネタに徹底的に仕立てるも良し。

そして、書けたなぁと思ったら、後で手直しをすればいい。


最初から上手く書こうとしているうちは、絶対に途中で詰まってしまう。
そして、嫌になってしまう、というのがオチ。

どうしても書けないと思うのであれば、
心にあるモノをそのまま書いて出してみることをすることが、本当に大事だと思う。


量を書いているうちに、氣が付いたら、質が伴ってくるようになる…と私は思っている。
posted by KAZU at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする