2016年11月24日

何で「毎回完封」しないと氣が済まないの?

何ごとでも完璧にこなさないと氣が済まない人って、おそらく少なくないかと思います。

家庭が厳しくて、徹底的に完璧にするように叩き込まれた人もいるかも知れません。

「学校教育」でも、「完璧主義」を徹底的に叩き込まれます。
マークシートの試験なんて、その最たるものです。
間違っていたら、思考の過程がいくらあっていても、0点。

だから、完璧にこなそう…なんて思ってしまう人もそれなりに出てきます。

お仕事によっては、「失敗が許されない」ような所もあるかとは思います。
特に、命のかかるようなお仕事とかされている方の緊張感は、並大抵ではないと思うのです。


しかし、その「失敗が許されない」というのは、多くの人にとって、本当にそうなのですかね?

おそらく、一般的な生活をしている人にとって、
1つのミスで、即死…なんてことは、そうそうないのではないのでしょうか?

この「失敗が許されない」という感じは、やっぱり一昔前の価値観で、ほとんどの人は捨ててしまってもいいモノのように思うのです。


そもそも、しんどくないですか?

「野球のピッチャーで、登板する度に毎度9回完封しないと氣が済まないレベルの完璧主義」
なんか、響きが重くないですか?

ワタシは絶対にイヤですよ。

だいたい、人間なんだから失敗して当たり前、ミスして当たり前なんです。
「失敗=存在してはいけないもの」という設定、そもそも無理があります。

だから、「失敗が許されない現場」では、万一ミスが起こってもいいように、何重にも安全装置が働くようにしています。
個人が注意を払う必要があっても、「失敗してはいけない」訳ではないのです。



以前にドイツ語のブログもしていましたし…

以前は、荒らしにあったことも


こうして新たなブログで、日々考えていることを文字にしていますが、
失敗なんて山ほどありますよ。

でも、毎回完璧になんて思っていたら、とてもじゃないけれども文章書けなくなります。


それこそ考えているのは、「7回3失点で、でもコンスタントに」くらいの気持ちです。

だいたいの感じで、多少ミスしてもいいから、続ける!

これくらいの気持ちだったら、結構続けられます。

たまに大チョンボやって凹むこともありますし、逆に調子が良くて気が付いたら会心のものができることだってあるでしょう。

それに…多少ミスをしてしまって、それに気付いたのであれば、
そこから修正していけばいいのですから。
posted by KAZU at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする