2016年10月01日

私が旅をする意味

「旅」が好きだと、以前書きました。

導かれるまま高野山
http://kazu-wiz.seesaa.net/article/441353754.html


旅自体は楽しめればいいものなので、
「何のために行くのか?」だとかそんな面倒な話は普段は奥底にしまっています。

が、先日ふとした機会に、
私の旅行の目的について何となく気付いたことがあったので話をしてみたくなりました。


私の旅先って、結構マニアックな場所なんですね

例えば…ローマに行った時に、
コロッセオだとか、バチカンだとか、スペイン広場だとか、そういう王道も行くことは行くのです。

多くの人はこれで満足して、どこか別の街に行ったりする人が多いのですが…

私の場合、それに飽きたらず、カラカラ大浴場や、古代ローマの街道や地下墓地に行ったりとか…
そんなことを結構します。
しかも、街に着いてから、そんなんあったな…という直感に従って行くなんてこともザラです。

今年の年始も広島の宮島に行った時、
ほとんどの人がさっさと厳島神社に向かう中、城跡の看板を見た瞬間にテンションが変わり、
しばらくそこに突っ立っていた奴だったりします。


おそらく、他の人たちと何か違うものを「受信」しているのだとは思っていましたが…

どうやら、
人の「氣」や「記憶」というのを何となくでしたが、感じ取っていたようなんですね。

だから、史跡や寺社仏閣とは相性がいいですし、
何でもないように見える街並みなんかでも、
丁寧に作り込んだ感じのする街だと、氣分が盛り上がって喜んでいることが多いようです。

そういった「氣持ちの良い場所」を求めていたようです。

「氣持ちの良い場所」と言いましたが、
「静かに繋がっている感じ」だとか、「(メッセージが)降ってくる感じ」だとか、
そんな経験できる場所のことのようです。

あるいは、「静かに繋がっている感じ」だとか、「(メッセージが)降ってくる感じ」を体感した人たちの足跡を追ってみる旅だとか…そんなことをしていたように思います。

随分、他人事みたいな書き方をしていますが、
「何となく」なのですが、私が旅をしている意味が分かったような氣がするから、こんな書き方になっているのです。

この「降ってきた考え」というのを伝える意味があるんじゃないのか…と今まさに思っています。

それにそんなことを話をするのも面白そうですから。

マニアックな旅の話…またします。
posted by KAZU at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする